東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)36号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 本件発明の特徴
成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)によれば、本件発明は自己現像式フイルム装置に係るものであるが、同装置では撮影後内蔵する粘性のアルカリ性水溶液を含む現像処理液が処理をすべき一定の露出面を一定一様な厚さで覆つて流布されるため、一般に同液の容器には所要量より少し余分に入れておく関係上、流布後の余剰液が装置外に漏れないようにこれを収容する部分を設ける必要があること、従来装置では感光板及び受像板の後端部を延長しそこに拡大後端部(液槽)を設けて余剰液を収容していたが、右拡大後端部を設ける空間は装置の構造上極めて制約を受けると同時に、同部が像領域に極めて近接して配設されているため、同部に収容された余剰液が逆流して像を損傷したり、色をきたなくするという問題があつたこと、本件発明は限られた空間に可能な限り余剰液を収容し、余剰液が像領域に逆流するのを防止することを技術課題とし、従来技術の右のような問題点の解決を目的とするものであることが認められる。
そして、本件発明の実施例である別紙図面(一)において、本件発明の特許請求の範囲中の感光板12と第二の板14を重ね合わせて「固定する装置」が結合要素20であり、「これに取付けられた固定板」が右結合要素20の後端部28であること、「処理液を集める空間」が他方の板(短い方の板)である感光板12の後端部の外面と固定板28との間の空間(別紙図面(四)が示す<A>の部分)であり、隔置材の配置位置が別紙図面(五)のとおりであることは当事者間に争いがないから、前掲甲第二号証によれば、本件発明では前記技術課題を解決するため、一方の板の後端部を他方の板の後端部より突き出た状態で両板を重ね合わせ、この他方の板(実施例では感光板12)の後端部の外面と結合要素20の後端部である固定板28の間に余剰液を集める空間を形成させ(別紙図面(四))、この空間に隔置材を配置し(同図面(五))、両板の間を通過してフイルム装置の後方に分布される余剰液を他方の板の後端部を越えて同図面(四)の赤矢印の方向に流出させ(以下この現象を「Uターン」という。)右空間に集めるようにした構成を採るものであることが認められる。
三 取消事由(1)について
1 前記のように、本件発明における「処理液を集める空間」が他方の板(短い方の板、実施例によれば感光板)の後端部の外面と固定板28との間に形成される空間(別紙図面(四)の<A>の部分)であることは当事者間に争いがなく、原告が誤認であると指摘する審決摘示部分も、余剰処理液(以下「余剰液」という。)を集める空間が前記当事者間に争いのない空間を指すものであると認定したうえ、同空間に隔置材を取付けたとしていることは、その措辞自体に照らし明らかなところであるということができるから、審決には原告主張のような誤認はない。
2 第一引用例の記載内容が審決摘示のとおりであることは当事者間に争いがなく、右記載と成立に争いがない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例では、第二の板である受像層26の端部に多数の孔40が形成され、右受像層の外面には上記孔に対応する位置に吸液性材料シート42が配置され、余剰液は受像層の孔を通り吸液性材料シートに吸収される構成を採るものであるから、同引用例の余剰液を集める箇所は受像層の外面に配置された吸液性材料シートであり、これを受像層の多数の孔を通して吸液性材料シートに吸収させることにより余剰液を集めるものであることが認められる。
右のような第一引用例記載の発明の「処理液を集める空間」に関する構成は、前認定の本件発明の構成、即ち、一方の板の後端部を他方の板より突き出た状態で両板を重ね合せ、他方の板の後端部の外面との間にその収容箇所として空間を形成し、同空間に他方の板の後端部を越えてUターンする余剰液を集める構成とは明らかに相違するものであり、単に余剰液を集める箇所が隔置材が配置されたいずれかの板の後端部の外面である点で本件発明と共通するにすぎないのである。
したがつて、「両発明は隔置材へ処理液を集める手段の構成に差があり、」とした審決の認定に誤りはない。
四 取消事由(2)について
1 前掲甲第二号証によれば、本件発明の特許公報には、「上記二枚の板(感光板12、第二の板14を指す)は、これらのどちらよりも大きな矩形板の形をした結合要素20によりその縁が固定され、互に重ね合わされる。結合要素20は一般的なフレームの形をしていて、フイルム装置に形成される像の大きさを決定する大きな矩形口22を有し、これを側端部24及端部26、28が取囲んでいる。板12は側縁部30及端縁部34を有し、板14は側縁部32及端縁部36を有し、両板の側縁部及端縁部は重ね合わせられるが、側縁部は完全に一致させた方が好い。結合要素20の側端部24及端部26は各々板12及14の側縁部30及32と端縁部34及36の周りに取付けられ上記両板をその三方で堅く互に固定する。」との記載があることが認められる(第五欄一六行ないし二九行)。
右記載によれば、結合要素20は二枚の板を三か所で堅く固定する作用をするのであるが、本件発明の特許公報の図面である別紙図面(一)の第2図によれば、結合要素20のうち26と記載された端縁を除いた他の三辺はいずれも折り曲げ位置を示す点線が記入されており、右三辺に対応する箇所は、感光板12では側縁部30(二か所)、端縁部34(一か所)、第二の板14では側縁部32(二か所)、端縁部36(一か所)であり、結合要素20のうち点線の記入のない一辺である端部26に対応する箇所は感光板12では端縁部40(一か所)、第二の板14では端縁部42(一か所)であることが認められる。また、第1図によれば結合要素20のうち、側縁部24(二か所)、端縁部28(一か所)の三辺はそれに対応する二枚の板の辺の縁部を上下及び外側から封じ込めるように係合しているが、端縁部26の一辺はこれに対応する二枚の板の一辺の縁部及び右二枚の板に接する容器16の縁部を上下から押えているにとどまることが認められる。その他第5ないし第7図の記載をも参酌すれば、前記認定の記載中「結合要素20の側端部24及端部26」の「端部26」は「端部28」の誤記と認めるのが相当である(したがつて、甲第二号証の第六欄六行「端部28」とあるは「端部26」の誤記である。)。
この事実によれば、固定要素20の両側縁24と端縁28(これが本件発明の固定板であることは前記のとおり当事者間に争いがない。)により三方から感光板及び第二の板を堅く互に固定しているものと認めることができるから、端縁(固定板)28が両板の両後端部の周りに係合し両板を固定する機能を果たしているものということができる。
2 前掲甲第三号証によれば、第一引用例の図面(別紙図面(二))の第1図のストリツプ材12は写真用の粘性液体を透過しない接合された紙のような柔軟性材料で作られ、その中間で折り曲げられて端部が適当な接着剤により複合シート材料の表面部分13に取付けられて余剰液を収容する空間を形成し、これによつてその流れを制限するものであることが認められる。
ところで、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には「第4図及び第5図に示されるような吸収部材を第1図及び第2図の折り曲げストリツプ部分14の内部にマウントすることによつても達成される。」との記載があることが認められるから(訳文二〇頁末行ないし二一頁三行)、第一引用例は吸液性材料シート42を配設した複合写真フイルムに対し前記ストリツプ材を適用する実施例を開示しているものということができる。この実施例において、余剰液は吸液性材料シートに吸収されるものであることは明らかであるから、前記のようにストリツプ材によつて余剰液を収容する領域を形成する必要はないものと解される。そうであれば、右記載に係る実施例ではストリツプ材は感光板、第二の板及び吸収部材である吸液性材料シートを空所を設けることなく包み込むように配設されるものと推認され、右配設態様からみて、右ストリツプ材は本件発明における固定板同様二枚の板を固定する作用を有するものということができる。
3 したがつて、審決が第一引用例について、「ストリツプ材は処理液の流れを制限する部材として用いられていて、固定板としての作用をしていない。」と認定判断したことは誤りである。
五 取消事由(3)について
1 審決が本件発明の効果として審決の理由の要点5に摘示した(1)ないし(3)は、これと同一の記載が本件発明の特許公報である前掲甲第二号証の第一五欄九行ないし一八行に記載されているところであり、このうち(1)及び(3)については原告も争わないところであるが、同(2)(同欄一三行ないし一五行)について争うので、この点について検討する。
(一)本件発明では、前記二に述べたような余剰液の逆流による像の損傷等の防止を技術課題として、一方の板の後端部を他方の板の後端部よりも突き出た状態で右両板を重ね合せ、他方の板の後端部の外面と固定板との間に余剰液を集める空間を形成させ、この空間内に隔置材を配置し他方の板の後端部を越えUターンして右空間内に余剰液を集める構成を採択しているのであるから、右の余剰液を集める空間の位置及び右空間に至るまでの余剰液の流れる経路に照らし、審決が摘示する本件発明の(2)の後段の「余つた処理液及び空気は逆流して板の間の像を損傷する心配がない」(同欄一四行ないし一五行)という効果を奏するものと認めることができる。
次に、審決が本件発明の効果として摘示する(2)の前段部分即ち「移動機構であるので像を含む空間の端部密封が完全になされ」(同欄一三行ないし一四行)との点についてみると、前掲甲第二号証によれば、右の移動機構とは、前記のように余剰液が他方の板の後端部を越えてUターンしその外面と固定板との間に形成された空間に集められる構成を指すものと認められるから、右のような構成を採れば前記のように余剰液の逆流を防止できるものである以上、それは恰も二枚の板の端部を密封したのと同じ効果を奏し得たものといつて差支えない。そうであれば、本件発明の効果の(2)の前段部分はさきに検討したその後段部分と同じ趣旨を別の表現をもつて記載したものと認めるのが相当である。
被告は本件明細書である甲第二号証の第二欄一〇行ないし一二行、一四行ないし一五行の記載を根拠として、二枚の板がローラの加圧によつて接着され密封効果が生ずるから、右(2)の後段部分はその趣旨を記載したものであるとの主張をしているが、右記載をそのように解することはできない。のみならず、もしそうであれば二枚の板の後端部に余剰液を集める従来装置においても同様の効果が生じているはずであるのに、右のような従来装置では密封効果が生じないからこそ余剰液を集める空間に関し前記のような構成の本件発明が着想されるに至つたのであるから、この点からも被告の右主張は採用できない。
したがつて、審決が本件発明の効果(2)として摘示した部分は、本件発明の余剰液逆流防止効果を認定したものと認めるのが相当である。
(二) 原告は、別紙図面(二)第4図を見れば、第一引用例においても余剰液のUターン現象が生じており、本件発明の効果(2)と同じ効果が奏せられる旨主張する。
しかし、本件発明と第一引用例記載の発明における余剰液を集める構成が異なることは、前記三2に認定したとおりである。そして、別紙図面(二)第4図によると、第一引用例記載の発明では、受像層26の外面の吸液性材料シート42の原告主張の延長部は受像層に設けられた多数の孔40の下方に位置する部分に比し極めて短かいから、右孔を通して吸液性材料シートに吸収された余剰液が別紙図面(六)第1図の赤矢印のようにUターンして右延長部へ向つたとしても、その量は僅少であり、そのことによつて本件発明同様逆流防止効果を期待し得るものでないことは明らかである。のみならず、右第4図によれば、受像層の孔のうち像領域に最も近い位置にある孔と像領域とは極く近接しているから、右孔の付近から余剰液が像領域に逆流する可能性を否定することはできないのである。
この点に関連し、原告は、本件発明において余剰液を集める空間が他方の板の後端部にのみ形成されているものと限定されておらず、他方の板の後端部を越える部分にも形成されるのであり、右部分に集められた余剰液はUターンすることはなく、したがつて、本件発明のUターンによる逆流防止効果が常に起り得るものでない旨主張し、本件発明と第一引用例の別紙図面(二)第4図との構成及び効果の差異を否定する。しかし、本件発明の特許請求の範囲中の「……上記固定装置は上記感光板及第二の板の両後端部の周りに係合しこれに取付けられた固定板を有し、更に上記他方の板後端部を越えてフイルム装置の後端方向へ分布せしめられた処理液(余剰液)を集める空間をその間に形成するため、上記固定板と上記他方の板の後端部の外面との間に取付けられた隔置材を有する自己現象式フイルム装置。」との記載によれば、余剰液を集める空間を形成するため隔置材は「固定板と他方の板の後端部の外面との間」に取付けられるのであるから、本件発明の余剰液を集める空間が右の空間に限定されることは明らかであり、他方の板の後端部の後方部分は余剰液のUターンのための通路にすぎないものということができる。とはいつても、右通路部分に全く余剰液が残存しないものと断定し得るか否かは必ずしも明らかとはいいがたい。しかし、本件発明では、原告が主張するような個々の装置における余剰液の量、処理ローラの速度等に対応し、余剰液が他方の板の後端部からその外面と固定板により形成される空間にUターンするように、二枚の板の長短の割合、通路部分の体積、右収容空間の体積を設計することが当然に予定されているものということができる(例えば、別紙図面(二)第4図のような原告主張の延長部の体積の小さい装置、したがつてUターン量の少ない装置などは設計対象とされていないことは明らかである)。したがつて、二で認定した本件発明の課題と構成に照らせば、仮に右通路部分に余剰液が残存することがあつても、それは僅少であり逆流による悪影響はほとんどないように設計されるものと推認される。原告の右主張は本件発明の課題と構成を無視した設計がなされることを前提とするものであつて、本件発明と第一引用例記載の発明との構成及び効果の差を否定する根拠となるものではない。
2 次に、原告は、本件発明の効果(1)及び(3)と同様の効果が第一引用例記載の発明においても奏せられる旨主張するので、検討する。
前掲甲第二、第三号証によれば、第一引用例記載の発明では、前記二に認定した二枚の板の後端部を延長し余剰液を集める空間(拡大後端部)を形成する従来装置について右拡大後端部を残したまま受像層の外側に右拡大後端部を通じて余剰液を集める吸液性材料シートを別紙図面(二)第4図のように設けたものであることが認められる。しかして、本件発明の効果(1)及び(3)は原告主張のように他方の板の後端部の外面に余剰液を集める空間を設けることにより達せられるのであり、その意味では本件発明と構成を異にするとはいつても、右のように吸液性材料シートが受像層の外側に設けられている第一引用例記載の発明においても、右両効果自体は一応期待し得るものということができる。
3 以上要するに、第一引用例記載の発明においては本件発明の効果(1)及び(3)とほぼ同様の効果を奏し得るものの、同効果(2)については、これを奏し得ないものというべきである。
六 取消事由(4)について
原告は第一引用例記載の発明の他方の板(受像層)の孔が多数設けられた後端部を切取ることにより、一方の板が他方の板より突き出た本件発明の構成を想到することは容易である旨主張する。
前記のとおり、本件発明は余剰液が像領域に逆流することを防止することを一つの技術課題とし、これを解決すべく他方の板の後端部の外面と固定板との間に余剰液を集める空間を形成したのであるが、右空間形成にあたり、一方の板が他方の板より突き出た状態で重ね合せる構成を採り、短い方の他方の板の後端部の後方部分を両板の間から流出する余剰液を右空間に集めるためのUターンの通路としたものであるということができる。
ところが、前掲甲第三号証によるも、第一引用例には本件発明の右のような技術課題解決についての記載は見当らないし、一方の板を他方の板より突き出た状態で重ね合せる構成を示唆する記載も見出すことができない。かえつて、前記のように第一引用例には像領域に極めて近接して受像層に孔が設けられている構成が示されており(別紙図面(二)第4図)、この孔を通して余剰液が逆流し画像を損傷するおそれが生ずるのである。
原告が主張するように、第一引用例記載の発明において、余剰液が受像層の孔を通して容易に吸液性材料シートに導かれるようにするため、液の量や処理速度などに応じて開孔率を変化させることは単なる設計変更にすぎないが、他方の板(受像層)の後端部を切取り、本件発明のように長短二枚の板を重ね合せ、短い方の他方の板の後端部の後方部分を通路としてその外面の空間へ余剰液をUターンさせて集めるという構成を着想することは、他方の板の後端部を切取るだけで右のような構成になるかどうかの点はしばらく措くとしても、これによつて余剰液が逆流して画像を損傷するおそれがないという前記五1(一)で認定した効果が生ずるのであるから、容易になし得る設計変更ではないことが明らかである。
七 以上のとおり、取消事由(2)及び同(3)のうち第一引用例記載の発明が本件発明の効果(1)及び(3)とほぼ同じ効果を奏し得るという点については理由があるものの、他の取消事由は理由がない。そして、取消事由(1)及び(4)について述べたように、感光板、第二の板の一方の板の後端部が少なくとも他方の板の後端部の一部より突き出た状態で両板を重ね合せて固定し、他方の板の後端部を越えてフイルム装置の後端方向へ分布させられた余剰液を集める空間を他方の板の後端部外面と固定板の間に形成しここに隔置材を配置するという本件発明の構成を示唆するものは第一引用例から見出すことはできないのであり、また、取消事由(3)について述べたように本件発明の重要な効果である余剰液の逆流防止効果は同引用例記載の発明の構成によつては達することができないのである。また、成立に争いのない甲第四号証によるも、第二引用例には本件発明で隔置材として用いた櫛状部材が示されているが(この点は当事者間に争いがない。)、他に前記のような本件発明の構成及び効果を示唆する記載を見出すことはできない。
したがつて、審決の判断の一部に誤りはあるものの、本件発明が第一及び第二引用例記載の発明により容易に推考することができないとしたその結論は正当である。
八 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編註その1〕 本件発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
一対の加圧部材の間を移動する事により粘い液体処理材を内部に分布して処理される自己現像式フイルム装置に於いて、感光板、第二の板、上記両板の一方の板の後端部が少なくとも他方の板の後端部の一端よりも突き出た状態で上記両板を重ね合せて固定する装置、上記固定装置は上記感光板及び第二の板の両後端部の周りに係合しこれに取付けられた固定板を有し、更に上記他方の板後端部を越えてフイルム装置の後端方向へ分布せしめられた処理液を集める空間をその間に形成するため、上記固定板と上記他方の板の後端部の外面との間に取付けられた隔置材を有する自己現像式フイルム装置(別紙図面(一)参照)。
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
<省略>
<省略>